「どうして、あんなこと言っちゃったんだろう」
「私って、本当にダメだな」
一日の終わりに、ふとそんな言葉が心の中に浮かんできて、胸がぎゅっと重たくなる。
そんな夜を過ごしたことは、ありませんか。
人は誰でも、うまくいかなかったことや、失敗してしまったことを思い返しては、自分を責めてしまうことがあります。今日は、その心の中の”きびしい声”と、少しだけやさしく向き合うためのおはなしをしてみたいと思います。
「自分を責める声」は、あなたを守ろうとしているのかも
自分を責める気持ちがわいてくると、「私は心が弱いのかな」と感じてしまうかもしれません。でも、その声には、実はあなたなりの理由が隠れていることが多いのです。
たとえば、「もっとちゃんとしなきゃ」という声。
それは裏を返せば、「まわりの人を大切にしたい」「きちんとやりたい」という、あなたのやさしさや真面目さから生まれているのかもしれません。
自分を責める声は、ときに”これ以上傷つかないように”とあなたを守ろうとして、先回りして厳しいことを言っていることもあるのです。
だからまずは、「あぁ、私はいま自分を責めているんだな」と、その気持ちにそっと気づいてあげること。責める自分を、さらに責めなくても大丈夫です。気づけたこと、それだけで十分な一歩です。
「大切な人にかける言葉」を、自分にも
自分にはとても厳しいのに、人にはやさしくできる。そんな方は、とても多いように感じます。
もし、あなたの大切な友人が「今日、失敗しちゃって落ち込んでるんだ」と話してくれたら、あなたはなんと声をかけるでしょうか。
きっと、「そんなに自分を責めないで」「よくがんばったよ」と、あたたかい言葉をかけるのではないでしょうか。
その”友人にかける言葉”を、そのまま自分にも向けてみる。
これは、心をやさしくほぐすための、小さな練習になります。
最初は、なんだか照れくさく感じるかもしれません。心の中で言うだけでも、ノートに書いてみるだけでもかまいません。「今日もおつかれさま」「よくやってるね」と、自分に声をかけてみる。少しずつで大丈夫です。
「事実」と「気持ち」を、そっと分けてみる
自分を責めているとき、頭の中では「起きたこと」と「それについての気持ち」がぐるぐると混ざり合っていることがあります。
たとえば――
「返信を忘れてしまった」というのは、起きた”事実”。
「私は人としてダメだ」というのは、そこに重ねてしまった”気持ち”や”解釈”です。
事実だけを見てみると、「返信を忘れた。あとで一言そえて送ろう」と、案外シンプルな出来事だったりします。
紙に書き出して、「これは事実」「これは私の気持ち」と、そっと分けてみる。すると、必要以上にふくらんでいた自分への責めが、少しだけ軽くなることがあります。
もし、ひとりでは気持ちの整理がむずかしいときは、カウンセリングのような場で、誰かと一緒に言葉にしていくのもひとつの方法です。話しながら、「あぁ、私はこう感じていたんだ」と、自分でも気づいていなかった心にふれられることがあります。
おわりに
自分を責めてしまうのは、あなたが物事に一生懸命に向き合ってきた証でもあります。
– 責める声に、まず「気づく」こと
– 大切な人にかける言葉を、自分にも向けること
– 「事実」と「気持ち」を、そっと分けてみること
どれも、今日からほんの少しずつ試せるものばかりです。うまくできなくても、まったく問題ありません。
自分にきびしくしてきた時間が長いほど、やさしくするのには少し慣れが必要です。焦らず、あなたのペースで大丈夫。
今日がんばったあなたに、どうか「おつかれさま」と、やさしい一言をかけてあげてくださいね。
あなたは、あなたのままでいいのですから。
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