こんにちは。「癒しの庵〜ライトステーション〜」へお越しくださって、ありがとうございます。
SNSを開いて、キラキラした投稿を見たとき。同僚が褒められているのを見たとき。友だちの近況を聞いたとき。「それにくらべて、わたしは……」と、ふっと心が沈んでしまうこと、ありませんか。
人と比べて落ち込んでしまう。そんな自分に、また「こんなことで気にするなんて」と重ねてため息をつく。今日はそんなあなたに、そっと寄り添うおはなしをお届けします。
比べてしまうのは、あなたがダメだからじゃない
まず、いちばんお伝えしたいこと。人と比べてしまうのは、あなたの心が弱いからでも、意地悪だからでもありません。
だれかと自分を見くらべることは、実はとても自然な心の働きだといわれています。まわりの様子を見て、「自分はどうかな」と確かめる。それは、群れの中で生きてきたわたしたちに、ずっと備わってきたものなのかもしれません。
つまり、比べてしまうのは「あなたがちゃんと、まわりを感じとれる、やさしい人」だということ。その感受性の豊かさが、ときに自分を苦しめる方向に働いてしまうだけなのですね。
だから、どうか「比べる自分」を責めないであげてください。まずはそこから、そっとはじめてみましょう。
見えているのは、その人の「一部分」だけ
比べて落ち込むとき、わたしたちはたいてい、相手の「いちばんいいところ」と、自分の「いちばん気になるところ」をならべています。
SNSに並ぶのは、その人が「見せたいと選んだ瞬間」です。楽しそうな写真の裏に、どんな迷いや疲れがあるのか、わたしたちには見えません。うまくいっているように見える人にも、きっと語られていない夜があります。
見えている部分は、その人の人生のほんの一片。それなのに、まるで相手のすべてが輝いていて、自分だけが足りないように感じてしまう。これは、心がしかけてくる、ちょっとした錯覚のようなものなのです。
「今わたしは、相手の一部分と、自分の全部を比べているな」
そう気づくだけでも、ふっと肩の力がゆるんでいきます。気づくことは、責めることとはちがいます。ただ、そっと「そうだったんだね」と自分に声をかけてあげるだけでいいのです。
だれかのものさしを、そっと置いてみる
わたしたちは、いつのまにか「だれかのものさし」で自分をはかっていることがあります。
もっと稼いでいる人。もっと自由に見える人。もっと愛されているように見える人。そのものさしを当てるたびに、自分の目盛りが足りない気がして、しゅんとしてしまう。
でも、その人のものさしは、その人の人生のためのものです。あなたには、あなたにしか測れない大切なものがあります。それは、数字にも、写真にも、きっとうつらないものです。
もし比べて苦しくなったら、こんなふうに自分に問いかけてみてください。
「今日、わたしがほっとできた瞬間は、なんだったかな」
「きのうのわたしより、少しできたことは、あるかな」
くらべる相手を、まわりのだれかから、「きのうの自分」に、そっと替えてみる。それだけで、心の向きがやわらかく変わっていきます。だれかと競うのではなく、自分のペースで、自分の道を歩いていいのです。
おわりに
人とくらべて落ち込んでしまうのは、あなたがやさしくて、まわりを感じとれる人だから。見えているのは相手の一部分で、あなたには、あなただけの目盛りがあります。だれかのものさしは、そっと置いていいのです。
それでも、どうしても心がざわつく日もあると思います。そんなときは、無理に前を向こうとしなくて大丈夫。あたたかい飲みものを一杯淹れて、ただ自分の呼吸に耳をすませてみてくださいね。
くらべなくても、あなたはもう、じゅうぶんに価値のある人です。あなたはあなたのままで、いいんですよ。
今日も、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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