おはようございます。「癒しの庵〜ライトステーション〜」へようこそ。
朝はやく、まだ空気がひんやりしている時間。庭の草や、公園の葉っぱに、小さなしずくがきらりと光っているのを見たことはありませんか。
それが「朝つゆ」です。夜のあいだにそっと生まれて、朝日がのぼるころには、いつのまにか消えていく。ほんのわずかな時間だけ、そこに宿るちいさな輝き。今日はそんな朝つゆと過ごす、やさしいひとときのおはなしをしてみたいと思います。
ひとしずくの中に、世界がうつる
朝つゆをそっとのぞきこんでみると、ふしぎなことに気づきます。ちいさなしずくの中に、まわりの景色や、空の光が、まあるくうつっているのです。
たった一粒の水の中に、世界がぎゅっと閉じこめられている。そう思うと、なんだか胸のおくがしんとしてきませんか。
朝つゆは、けっして自分を大きく見せようとはしません。ただそこに、静かに、まるいまま在るだけ。それでいて、朝日を受けてきらきらと、まわりを照らすほどのうつくしさを放っています。
「大きくなくていい。目立たなくていい。ただ、そこに在るだけで、じゅうぶんうつくしい」
朝つゆは、そんなことをそっと教えてくれているのかもしれません。あなたも、無理に自分をふくらませなくても、そのままで、ちゃんと光をうつしているのです。
消えていくからこそ、いとおしい
朝つゆのもうひとつの姿。それは、朝日がのぼるにつれて、そっと消えていくということです。
さっきまであんなにきらめいていたのに、気づけば葉っぱはもう乾いている。「もう少し見ていたかったな」と思うころには、もう手のひらのなかにはありません。
でも、だからこそ、あの一瞬がいとおしいのだと思います。
わたしたちは、ついつい「ずっと続くもの」ばかりを求めてしまいがちです。楽しい時間も、うれしい気持ちも、いつまでも変わらずにいてほしい、と。
けれど、朝つゆのように、うつろいながら過ぎていくものにも、そのときにしか出会えないやさしさがあります。今この瞬間に、たしかにそこにあった。それだけで、もうじゅうぶんなのかもしれません。
過ぎ去るものを、無理に引きとめようとしなくても大丈夫。ただ「出会えてよかったね」と、そっと見送ってあげられたら、それでいいのだと思います。
朝つゆに、そっと会いにいく
もし明日の朝、少しだけ早く起きられたら、外の草や葉っぱに目を向けてみてください。
急がなくても大丈夫です。ゆっくり、しゃがみこんで、ひとつのしずくをじっと見つめてみましょう。その中にうつる光や、まあるいかたち。指先でそっとふれてみると、ひんやりとした感触が、眠っていた心をやさしく起こしてくれるかもしれません。
そして、こんなふうに心のなかでつぶやいてみてください。
「今日という一日も、朝つゆみたいに、二度とないひとときなんだな」と。
そう思えたら、いつもと同じ朝が、少しだけ特別に感じられるかもしれません。何気ない一日のなかにも、きらめくひとしずくのような瞬間が、きっとそっと隠れているのですから。
おわりに
朝つゆは、ちいさくて、はかなくて、でもとてもうつくしいもの。その姿は、「大きくなくていい」「ずっと続かなくていい」という、やさしいメッセージを届けてくれているようです。
今この瞬間に在ること。過ぎゆくものを、そっと見送ること。そんなあたりまえのようで忘れがちなことを、朝つゆはそっと思い出させてくれます。
うまくいく日も、そうでない日も、あなたという存在は、朝つゆのように、そのままでちゃんと光をうつしています。
あなたはあなたのままでいい。今日という一日が、きらめくひとしずくのように、あなたにとってやさしいものでありますように。
👍 体と心の健康にご興味がある方はお越しください(全ての記事を体系化しています)
〜癒しの庵(いおり)〜ライトステーション
https://lightstation01.com/top/

コメント