こんにちは。「癒しの庵〜ライトステーション〜」へ、ようこそお越しくださいました。
だれかと一緒にいるとき、「あの人、今どんな気持ちかな」「機嫌、悪くないかな」と、つい相手の表情をうかがってしまう。ちょっとした声のトーンや、ため息のひとつにも、心がざわっと反応してしまう。
もし、あなたがそんなふうに毎日を過ごしているのなら、今日はほんの少し、肩の力をぬいて読んでいただけたらうれしいです。
顔色を気にできるのは、やさしさの証
人の表情や空気を、こまやかに感じ取れること。それは、決して「ダメなこと」ではありません。むしろ、あなたの心がとてもやさしくて、まわりを思いやれる感受性を持っているということなのだと思います。
だれかが困っていたら、いち早く気づいてあげられる。場の雰囲気がぎくしゃくしないように、そっと気をつかえる。そういう力を持っている人は、実はとても貴重な存在なのです。
ただ、そのアンテナがいつも「オン」になっていると、心はすこしずつ疲れてしまいます。まるで、一日じゅう全力で耳をすませているようなもの。休むひまがなければ、くたびれてしまうのも当然のことなのです。
だからまず、「気にしてしまう自分」を責めないでいてほしいのです。それはあなたのやさしさが、少しがんばりすぎているだけのサインなのかもしれません。
「相手の気持ち」と「あなたの想像」を、そっと分けてみる
顔色をうかがっているとき、私たちはよく、こんなふうに考えてしまいます。
「今の言い方、まずかったかな」
「わたしのこと、うっとうしいと思ってるかも」
でも、ちょっと立ち止まってみてください。それは本当に相手が言ったことでしょうか。それとも、あなたの心が想像してふくらませた「かもしれない」でしょうか。
相手のちょっと曇った表情は、もしかしたら前の日の疲れが残っていただけかもしれません。あなたとはまったく関係ないところで、考えごとをしていただけかもしれません。
「相手の機嫌が悪い=わたしのせい」と結びつけそうになったとき、心のなかで、そっとこうつぶやいてみてください。
「これは、わたしの想像かもしれないな」
事実と想像のあいだに、ほんの小さなすき間をつくる。それだけで、ざわめいた心が、ふっと少し軽くなることがあります。
アンテナを、ときどき「お休みモード」に
いつも周りに向いているアンテナを、一日のなかで少しだけ、自分のほうへ向けてあげる時間をつくってみませんか。
たとえば、ひとりになれる場所で、そっと目を閉じてみる。そして、「今、わたしはどんな気持ちだろう」と、自分に問いかけてみるのです。
疲れているのかな。ほっとしているのかな。ちょっと寂しいのかな。
正解を出す必要はありません。ただ、まわりではなく「自分の心」に耳をすませる。その数分間が、がんばりつづけたアンテナを、やさしく休ませてくれます。
もしよかったら、そのとき胸のあたりに、そっと手のひらを当ててみてください。てのひらのぬくもりが、「よくがんばってるね」と、あなた自身に伝わっていくような気がして、心がじんわりゆるんでいきますよ。
おわりに
人の顔色を気にしてしまうのは、あなたのやさしさと、こまやかな心の表れです。その力はそのままに、ときどきアンテナをお休みさせてあげること。それだけで、心はずいぶんと呼吸がしやすくなっていきます。
まわりのことばかりではなく、いちばん近くにいる「あなた自身」の気持ちにも、どうか耳をかたむけてあげてくださいね。
まわりに気をつかえるあなたは、じゅうぶんすぎるほど、やさしい人です。だからどうか、その半分でいいので、自分にもやさしさを向けてあげてください。あなたはあなたのままで、大丈夫ですよ。
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