なにか失敗したとき、人と比べたとき、ふと心の中でつぶやいてしまう言葉はありませんか。
「どうせ私なんて」
「私なんかがやっても……」
その小さなひとことが、口ぐせのように顔を出してくる。そんな日が続くと、なんだか自分のことが少しずつ遠く感じられて、しんどくなってしまいますよね。
今日は、そんな「どうせ私なんて」という心のクセと、少しだけやさしく向き合ってみるおはなしをしてみたいと思います。
「どうせ私なんて」は、あなたを守ろうとしている
まず、お伝えしたいことがあります。
「どうせ私なんて」と思ってしまうのは、あなたの心が弱いからでも、性格が悪いからでもありません。
この言葉は、実は「これ以上、傷つきたくない」という気持ちから生まれていることが多いのです。期待して、うまくいかなくて、がっかりする——そのつらさを、あらかじめ小さくしておこうとする。心なりの、けなげな守り方なのかもしれません。
だから、「どうせ私なんて」と思う自分を、責めなくてだいじょうぶ。
「ああ、私はいま、自分を守ろうとしているんだな」
そんなふうに、少し離れたところから眺めてあげるだけで、その言葉の圧が、ふっとやわらぐことがあります。
その言葉、本当に「事実」ですか?
「どうせ私なんて」という言葉は、とても強い響きを持っています。まるで、動かしようのない事実のように感じられてしまう。
でも、少しだけ立ち止まって、そっと問いかけてみてほしいのです。
「本当に、そうなのかな?」
たとえば「どうせ私なんて、なにをやってもダメだ」と思ったとき。本当に、これまでの人生で一度もうまくいったことはなかったでしょうか。きっと、そんなことはないはずです。誰かに「ありがとう」と言われた日も、小さなことをやりとげた日も、あったはずなのです。
「どうせ」という言葉は、そういう小さな光を、まとめて覆い隠してしまう不思議なチカラを持っています。
だから、責めるのではなく、そっと確かめてあげる。
「これは、いまの気分がつくった言葉かもしれないな」
そう気づくだけで、心の中に、ほんの少しすき間が生まれます。
自分に、やさしい言葉をかけてみる
もし、あなたの大切な友だちが「どうせ私なんて」と落ち込んでいたら、あなたはどんな言葉をかけるでしょうか。
きっと、「そんなことないよ」「よくがんばってるよ」と、やさしい言葉を選ぶのではないでしょうか。
その同じやさしさを、ほんの少しだけ、自分自身にも向けてあげてほしいのです。
いきなり「私はすばらしい」なんて思えなくても、まったく問題ありません。無理にポジティブになろうとしなくていいのです。
ただ、心の中でそっと、
「そう思っちゃう日もあるよね」
「ここまで、よくやってきたね」
とつぶやいてみる。それだけで十分です。
自分にかける言葉は、毎日少しずつ、あなたの心に染み込んでいきます。厳しい言葉ばかりだと心はこわばり、やさしい言葉が増えると、少しずつゆるんでいく。それは、時間をかけて育てていくもの。だから、今日から一つずつで、だいじょうぶなのです。
おわりに
「どうせ私なんて」という言葉は、心があなたを守ろうとして生まれる、けなげなつぶやきです。だから、責めなくていい。ただ、「本当にそうかな?」とそっと確かめて、自分にやさしい言葉をかけてあげる。それを少しずつ繰り返していけばいいのです。
すぐに消えなくても、焦らなくてだいじょうぶ。心のクセと、ゆっくり仲良くなっていけたら、それでいいのです。
あなたは、「どうせ」なんて言葉でくくれてしまうような、小さな存在ではありません。うまくできてもできなくても、あなたはあなたのままで、ちゃんと価値のある人です。
どうか、今日のあなたに、いちばんやさしい言葉を。
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