【レイキレベル1(初伝)】「手当て」という言葉に込められたもの〜”手を当てる”ことは、昔からある癒しのしぐさというおはなし〜

レイキ レベル1 «初伝»

こんにちは。「癒しの庵〜ライトステーション〜」へ、ようこそお越しくださいました。

突然ですが、あなたは体のどこかが痛いとき、無意識にその場所へ手を当てていること、ありませんか?お腹が痛いときにお腹をさすったり、頭がずきずきするときに、そっとおでこに手をあてたり。

じつはその何気ないしぐさの中に、レイキヒーリングにも通じる、とてもやさしい癒しの原点がかくれているのです。今日はそんな「手当て」という言葉のおはなしを、のんびりお届けしますね。

「手当て」という言葉のふしぎ

日本語では、体の不調をケアすることを「手当て」と呼びますよね。病院で診てもらうことも、応急処置をすることも、みんな「手当て」。

でも、よく考えてみると、なんだか不思議な言葉です。「手を当てる」と書いて「治療」を意味するなんて。

これは、昔の人たちが、痛むところに手を当てることを、ごく自然なケアとして大切にしていた名残りだと言われています。まだお薬も道具もそろわなかった時代、人が誰かをいたわるとき、いちばん最初にできたのが「手を当てること」だったのかもしれません。

言葉って、その時代の人たちの気持ちがそっと残っているものなのですね。「手当て」という言葉には、遠い昔から続く、人をいたわるやさしさが宿っているように感じます。

手を当てられると、ほっとするのはなぜ

小さな子どもが転んで泣いているとき、お母さんが「痛いの痛いの、飛んでいけ」と、そっと手を当てる。すると、不思議と泣きやんだりしますよね。

もちろん、手を当てただけで何かがすぐに変わる、と言い切ることはできません。けれど、あたたかい手が触れると、心がふっとゆるむ感覚は、多くの人が知っているものではないでしょうか。

ひとりで痛みや不安を抱えているとき、誰かの手のぬくもりが伝わってくると、「わたしはひとりじゃない」と感じられる。その安心感が、こわばった心とからだを、そっとほどいてくれるのかもしれません。

レイキヒーリングも、この「手を当てる」ことを、とても大切にしています。特別な力というより、昔から人が自然にしてきた、いたわりのしぐさの延長にあるもの。そんなふうに考えると、少し身近に感じられませんか。

自分の手を、自分に当ててみる

誰かに手を当ててもらうのはうれしいけれど、いつもそばに人がいるとは限りませんよね。そんなときは、自分の手を、自分自身にそっと当ててみてください。

たとえば、なんだか胸がざわざわする日。片手を、そっと胸のあたりに置いてみます。もう片方の手を、その上に重ねてもいいですね。そのまま、ゆっくり呼吸をしながら、手のあたたかさをただ感じてみてください。

うまく何かを感じようとしなくても、だいじょうぶ。「今日もおつかれさま」と、心の中でつぶやくだけでもいいのです。自分の手のぬくもりが、じんわりと伝わってくる。それだけで、少しだけ肩の力が抜けていくことがあります。

これは、特別な技術がなくても、今この瞬間からできる、いちばんやさしいセルフケアです。あなたの手は、いつだってあなたのそばにあるのですから。

まとめ〜あなたの手は、やさしいお守り〜

「手当て」という言葉には、遠い昔から続く、人をいたわる気持ちが込められていました。手を当てるという何気ないしぐさが、こんなにもあたたかい意味を持っていたなんて、少しうれしくなりますね。

痛いとき、不安なとき、疲れたとき。まずは自分の手を、そっと自分に当ててみてください。それは決して、たいそうなことではありません。でも、あなたが自分自身をいたわる、大切なはじめの一歩になるはずです。

あなたの手は、いつもそばにある、あたたかなお守り。今日もどうか、ご自分にやさしい一日を過ごせますように。

あなたはあなたのままで、だいじょうぶですよ。


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